おれの本盗んだやつ地獄におちろ

朝、腹が空いていたのでなんとなくパスタを茹でた。茹で上がってから、全然パスタなんか食べたくないことに気づいた。空腹なのに、腹の奥底がものを受け付けないあの感じ。元来胃腸が弱くて、前日の残りのカレーを食べた朝なんか、大変なことになる。そんな私が、朝からカルボナーラが食べられますか、あなた、アタマが空っぽなのですね!いや、あなたは本当に、アタマがおかしいよ。このハゲ!叩かれる方がよっぽど楽だよ!お前はどれだけ私の心を傷つけた!!そんなつもりはなかったんです〜で済むと思ってるのかー!

胃腸様は、他より何倍も繊細で口うるさく、あまつさえすぐに機嫌をそこねて低く唸るので、うちのお料理部隊は気を抜けない。パスタは冷蔵庫にしまっておいて夜に食べることにした。

 

シャワーを浴びて家を出たのはお昼の12時半を少し過ぎた頃で、自転車に乗って立川駅に向かった。何をする予定もなかったけど、ほとんど無限に時間はあるので、カラオケに入った。2時間。気まぐれに、ボイスメモで録音したりした。歌は上手くないけど(ていうか下手!)、カラオケは好き。1人で大声で歌って踊れるのはここだけで、電気代なんかまったく知らんふりをして空調の温度を下げて下げて下げて、下げて下げて、あの、すみません、ブランケット借りてもいいですか?

 

カラオケを出たのは、だからちょうど15時で、次はどうしようと思って、ブックオフに行った。休みなのに制服の男女が多いなと思ったけど、今日は水曜日なのですね。お勤めご苦労様である。ブックオフでは、本当は町田康の本が欲しかったのだけど、どれも360円の棚だったので諦めて(ケチとかではなくて給料日前だから!)、100円の本を3冊買った。

 

ブックオフを出た後はプロントで本を読んだ。プロントというお店は、充電用の電源も、喫煙席もあって、とても嬉しいお店なのですよ。もっとも、電源のある席は禁煙で、喫煙席には電源がないんですけども。カフェモカを持って、迷って迷って、結局電源のある席に座った。ここだけの話、喫煙ができるのは良いのだけど、おれは他人のタバコの煙を吸うのは大嫌い。臭いから。特に他人の吸うセブンスターのニオイ、最悪!椎名林檎だって、罪と罰の中で「セブンスターのかおり〜」って歌ってるし、このニオイは地上で深い罪を犯した者が死後に地獄で吸う類のものなんだきっと。等活地獄焦熱地獄叫喚地獄、セッター地獄。そこには地上のサラリーマンが吸ったセッターの煙、それも仕事終わりに磯丸水産で吸ったやつが充満していて、人々はもがき苦しむという、、、

 

プロントを後にしたのは17時半ごろ。「これからバータイムで照明少し暗くなります〜」のアナウンスで店を出た。はっ、バータイム(笑)まだバータイムで消耗してるの?小洒落てんじゃねーぞ。暗いところで本を読んだら、目が悪くなるんだよ!と心の中で吐き捨てて、店を出る瞬間、レジのお姉さんと目があって、なんとなくニッコリされた気がして、さっきの悪態はなかったことにした。ずいぶん長いこと本を読んでいた気がしたけど、ドアを開けると空はまだまだ明るくて、なんとなくがっかりしてしまう。夏は下品だ。

 

その後は駐輪場に戻った。家に帰るにはちょうどいい時間。自転車の籠に買った本を入れて、ちょっと離れたところにある駐輪場の精算機に100円を入れて、自転車に戻ると、籠に入れたブックオフの袋がなくなっていた。辺りを探してみても見つからない。まさか、盗まれたん?この30秒もない間に?人通りが多すぎて、わからない。おいおい〜。まあ、いいか、全部合わせても300円だし。360円の本3冊買ってたら、被害総額1,000円越えやで。買わなくてマジ良かった。

 

300円は300円としても腹が立ったので、帰りにサエキに寄って寿司を買った。むしゃくしゃしたから700円のちょっといいやつ。レジを待っている間、在日ファンクのピラミッドの曲を聴いていたと思ったらいつの間にか環八の歌になっていて驚いた。サエキにはぶさいくなクレオパトラみたいな店員が新しく入っていた。「お箸はおつけしますか」と聞かれたようだったけど、イヤホンをしていたからよく聞こえなくて「はい?」と聞き返すと、「すみません、お箸はおつけしますか」と、もう一度言った。クレオパトラも箸を使えるのだな。それにこちらが話を聞いていなかっただけなのだから、謝ることはないのに。箸も使えて腰も低いなんて、日本人みたいだな、クレオパトラ。ピラミッドより古墳が似合うぜ。

 

18時過ぎに帰宅。夕飯の時間まで寿司を冷やしておこうと冷蔵庫を開けたら、朝茹でたパスタがいた。忘れてた。タッパーに詰まったパスタは、自分より明らかに格上の寿司の登場に、心なしかいつもより細く自信なさげに見える。かわいそうなパスタ、、、ええい、パスタは明日の朝に食べればよろしい、今夜は寿司じゃ!

 

寿司を食べていると、シクシク、シクシクと、冷蔵庫からパスタの泣く声が聞こえる気がして、すごく怖い。ぽちゃん、ぽちゃん。本当に怖い。いや、これ、マジで音しない?するよね?

恐る恐る台所に行くと、締まりが悪い蛇口から、ポツポツと水が垂れているだけだった。

 

明日食べてあげますからね、パスタさん、本当にすみません、こんな風にパスタさんをたらい回しにしているおれは、死んでも天国にはいけないのかもしれないのですけれども、あの、後生ですので、最後に我儘を聞いてください、セッター地獄だけは、ご勘弁下さい。

奥多摩に行ってきた

なぜか朝5時に目が覚め、二度寝も勿体無く、何か特別なことをしようと思い、いそいそと支度をして家を出、思いつきで奥多摩に行ってきた。

写真を撮ったので載せます

 

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気持ちいいな!朝は!止まれの標識も爽快な朝に後ろ暗くなってすっかり身を潜めておる。

 

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6:20最寄り駅着

眠い。レッドブルを一息に飲み干して気持ち悪くなる。その後電車待ちの間にウィダーインゼリーを飲み自分に追い討ちをかける。吐きそうになる。

 

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道中「河辺(かべ)駅」のトイレで小休憩。吐いたわけではなく便意。駅前にやたら女子高生がいたけど、みんなスカートが長かった。東京というよりは千葉とか埼玉の、ちょっと栄えた田舎みたいな駅。西東京は大体そう。

 

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8:00奥多摩着!

河辺駅から電車に揺られて40分、奥多摩到着。ほぼ山。平日はやっぱり人が少ない。駅中のカフェも観光案内所も閉じてた。なんの下調べもせずに来たのでやることがなくなる。

 

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とりあえずぶらぶら歩いていたらキャンプ場を発見、大学生のバーベキューを横目に河原で1人遊び。川のせせらぎを聞きながら、小学生の頃のキャンプを思い出す。スイカを川で冷やしたい、、、

 

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疲れて座り込み、朝買ったおにぎりを食べる。川遊びにも飽き散策再開。

 

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風流!軒先に何やら涼しげな装置を吊るしている家を見つける。風が吹くとカラコロ回って鈴のような音がなる。よく見るとチューハイやジュースの缶。お互い断酒がんばりましょうね!と心の中で勝手に励まし合う。

 

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風流!!!金沢の東茶屋街を思わせる小道と、その先の吊り橋。しかし蜘蛛の巣だらけ。日傘で切り開き進む。ちなみに日傘は人から借りたものです。

 

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自分の写真を撮っていないことに気づいて寂しくなる。誰が戦時中や。シンゴジラTシャツ可愛くない!?

 

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吊り橋の先で温泉に遭遇、入浴。風呂上がりに山菜そばを食べる。なぜか蕎麦屋に行くと毎回山菜そばを頼むんだけど、山菜そばってどこも大して美味しくなくない?

 

温泉の休憩所でゆっくりしているうちにお昼の12時を回ったので帰路につく。まだ12時!?

1日の半分も残っている!

 

ということで、

その後は下北沢で古着屋を見て、新宿で水タバコをいただいて、22時に帰宅。

総活動時間17時間!労働基準法に触れる、、、

 

5時起きの1日は果てしなく長いな

昼下がり

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早起き千両、晴れた日に朝早く起きるのは気分が良い。

洗濯機を回して、ゴミを出して、朝ごはんを作って、シャワーを浴びて、パスタをタッパーに入れてお弁当にして、爪を切って、うんこして、家を出る。

何と充実した日か。朝から活動しているだけで善行を積んでいる気になる。

 

それに比べて、こんな晴れた日に、正午過ぎに起きるのはどうか。朝ごはんは抜き、ゴミ収集車は既に去り、洗濯機を回すひまもなく大学の講義は遅刻確定、夜の12時まであと1日の半分しかない。最悪だな。気分が下がる。

 

そんな由来だといい、「昼下がり」

ザリガニ

時間が足りない。

まだまだ準備ができていない。四年間じゃ足りない。社会に出たくない。実学なんかより、どっぷり思考の沼に浸かってヘドロをすすりたい。何が商学じゃ。くそくらえ。すべての源泉は人の魂だ。ソウルスクリームだ。馬鹿が。

いっそ飛ぼうか。一年飛んで、魂レベルを上げる修行に励もうか。

こんばんは。お久しぶりです。やってられない。

最近ブログを書いていないのは、ちょっと別でものを書いていたからなのでした。あまりに社会に出たくなさすぎて、逃避、逃避。逃避が学生の美点、汚点、盲点、原点。支払猶予をくれ。社会に出たくなきゃ、怠惰を貪ればいいじゃない。

しかし、文章を書くのと話を書くのは全く別物ですね。人の魂を創造して壊すのは、まさに想像を絶するエネルギーを使う。逃避して、休憩。逃げるのにも体力がいる。エクストリームだな。イージーモードをくれ。

大学の見目麗しいあの子も、逃避しているのかな。それで、休憩しているのかな。カラダが冷える前にまた動き出さないと精神が錆び付く。動き過ぎればメルトダウン、休み過ぎればスクラム状態。燃料は嘘っぱち。不可燃性、煙は出ないが燃えもしない。

いずれにせよ、夏が来る。小学生の頃にとったザリガニは何で動いているのだろう。生きて子孫を残すためか。極悪非道、ヒトでありながらヒトの心を持たないそれ自体矛盾したヒトにつかまらないためか。ヒトの心(笑)

ザリガニも体をくの字に曲げて、尻を突き出して、ヒトから逃避。逃避。

ザリガニを捕らえる我らは、我らを捕らえる社会か。

逃げよザリガニ、逃げよ我ら

俺達の青春は

最近本屋行ってますか?

 

店に入ってすぐの所に陳列されている平積みにされた文庫や新刊を見るのは楽しいですよね。ポップも明らかに他のコーナーより力を入れているし、『本屋大賞1位!」なんていうとどうしても気になってしまう。

 

新書コーナーもいい。

『1時間で国際社会がわかる本』気になる。正直ここ最近のパリ協定とかメルケルとかトランプとかのニュース全然わからんし、ドヤ顔で解説できるようになりたい。

『本を読む子は馬鹿になる』そうなの!?なんで!?でもちょっと、知りたいような、知りたくないような。。。納得できる答えがあるんでしょうね。

『柿の種が世界を救う』ふむ。柿の種といえば酒のツマミだから、柿の種が売れて、酒も売れて、みんなは酔っ払ってハッピー、税でクニの財政が潤ってハッピー、経済が回ってハッピー、世界人類ハッピー、か?悪くない。

『猿でもわかる経済学』嘘や!!!!!

 

それでも、この間本屋に行った時に、1番気になったのは中学受験のコーナーで、その中から一冊買ってしまった。

題名は『植物はなぜ動かないのか』。これが一見新書っぽいが、対象年齢が小中〜高校生なところが肝。

植物が動かない理由は、曰く、「人間と植物が真逆だから」らしい。人は口が上半身にあり生殖器官が下半身にある。植物は栄養をとる口たる根が下半身にあり、生殖器官たる花が上半身にある。人はエネルギーを得るために他の生き物を食らうが、植物は光合成で自給自足。

人間は動いてないと落ち着かない、当然、植物は動かない。

学問的もなにもないけど、それがいいじゃない。

 

勉強のしすぎは、世界をつまらなくするな。

去ぬ 居ぬ 犬

この間の火曜日は月一で開かれるゼミの飲み会で、教授と先輩と自分の3人で、死生観や宗教とそれにつながる哲学の話をした。

一次会では15人いた参加者も二次会で8人に減り、そしてとうとう最後の三次会に残った3人だった。

自分の所属するこのゼミはもともと経営史や組織論を学ぶゼミで、飲み会の席でまさかそんな話になるとは思わなかった。流暢に死生観について持論を展開する教授をみて驚いたが、確か初めの自己紹介でプラトンだかアリストテレスだかの古代ギリシア哲学が好きだと言っていた気がする。

 

 

さて、師曰く、人が生きる理由とは、「今世で人に生まれた幸せを噛みしめるため」だという。人として生きるために他の生物を食らう人は、その限りにおいて今世で重大な罪を犯している。運良く来世でもう一度この世界に生まれたとしても、モノを考えることもままならない畜生道に堕ちるのは必然で、「思考」の許される今世に感謝しそのメリットを最大限享受するために生きるべきだという。

たけど、犬畜生が不幸だという理由は?その根拠は?「思考」の浅い生き物は不幸なのか?さらに言えば、「思考」を放棄した人間は不幸だと言えるのか?

当然方々、様々な疑問は出るが、また師曰く、「君たちはまだ若い、よく学べ」だそうだ。これを言った時の教授の顔はひどく楽しそうだった。若い頃の自分を見ているようだと言っていた。

 

 

時々自分は、深く考えることのない人間、今までの話でいえば「思考」の浅い人間を、羨ましいと思うことがある。深く考えず思い立ったことをすぐ行動にうつせる人に、ムカついたらムカついた分だけ暴れる人に、思ったことを率直に言える人に、世間の目よりも自分の直感を大事にする人に、皮肉を皮肉とも思わない人に、憧れることがある。

 でもそれは、自分が他の人より深く考えすぎてしまう性質を持っていてそんな人たちと不可逆な位置にいるという傲慢が、悲劇のヒロインぶったナルシシズムが、背景にある。家でだらりと尻尾を垂らして寝る犬猫や、ポイですくわれて水槽で飼われる金魚に、「お前らは楽でいいなあ」と言うのとなんら変わらない。なる気もないのに、「どうせこうはなれない」と羨んで、蔑んで、憧れている。

 カフカの「変身」でも、教科書で読んだ「山月記」でもない、葛藤のない幸せな生まれ変わりを夢見ている。

 

いずれにせよ、思考に絶対の正解はない。「起きたら犬になってねえかな」と思って、今日も昼から眠るので、飲み会の時間になったら起こしてほしい。

クソ

批評サイトで、「この本は〇〇で、××がテーマだ」などとわかったように評価されると、腹がたつ。

 

例えば、自分が読んだ本について批評している有名なブログを先日たまたま読む機会があった。そこには「この本は壮大なラブストーリーである」という総括がなされていた。

言われてみれば確かにと思うところは、間違いなくある。だけど、おれがその本を読んで「面白い!」と思ったのは、そんな俗的で簡単に説明できるようなところだったか?と思う。そんなはずはない。

この本の主人公は、自分の思考よりも一つ深いところにいる。他人を偉そうに俯瞰しているつもりになっている自分を、さらに俯瞰した場所に、この主人公はいる。そんな主人公が困難に直面し、さらにビヨンドな考え方を提示してくれる。それを本という媒体で示すことのできる作者は、さらにもう一つ深い次元で物事を捉えているんだろう。そしてこの本の最後には全てが繋がり、主人公と親友2人の愛の話だったことがわかる。全ては書き手の意図があって、その上で、物語全体の総括が行われるべきではないか。単純な最後のどんでん返しに目を向けすぎではないか。

あまりに浅はかな見地で語るものだと、憤りを感じた。

 

とはいえ、この考えだって、自分自身のエゴにすぎない。

この批評ブログを書いた人は、それを把握した上でこのような書き方をしたのではないか?

そもそも、この本の筆者にそんな意図は一切なかったのではないか?

 

考えすぎは逆に視野を狭めると言う。誰の耳にも心地のいい話などない。

自分の好きなものを、自分の好きなように消費すればいい。人の消費の方法にケチをつける方がナンセンスなのかもしれない。

 

そんなことをしている暇があったら、大学の勉強をした方がいい。来週の月曜からテストなのに1秒も手をつけていないお前の方がよっぽどくだらない。

 

勉強します。