nikki

適当なことを言う日記です

部活のマネージャーはボランティアじゃない

こんばんは。

この間飲みの席で「マネージャーはずっと自己犠牲でボランティアしてくれてたんだから、同じお金もらうわけにはいかないよ」という会話を聞いて、すごく心に引っかかったのでそのことについて書きます。

 

あくまで一個人の意見なので、もし「これの何が気になるの?」と思う方がいらっしゃったら、そう思う人もいるんだなと思って読んでもらえると嬉しいです。

 

まず、僕はマネージャーとプレイヤーは本来対等であると思っています。やる内容は違っても、どちらも同じ部活動に打ち込むチームの一員として対等です。

ですが大抵において、マネージャーは「いなきゃ困る」けど「いなかったらこの試合に勝てなかった」というようなことはありません。

ありうるとしても、「もしこのチームにマネージャーがいなかったら……」の世界は想像上のものでしかないので、結局マネージャーの貢献がチームの実績に関わったかどうかは直接観察できません。

つまり「マネージャーの貢献は必要だけど、試合の勝因はマネージャーじゃない」ということを、プレイヤーもマネージャーも事実として認識して、口にはせずとも承知しています。プレイヤーは練習に打ち込み、マネージャーは彼らのサポートをします。

この実績への貢献の薄さとサポートという仕事から、マネージャーとプレイヤーの間に優劣がつけられてしまうのだと思います。

 

マネージャーは「自己犠牲」でプレイヤーのために尽くしているわけではありません。

あくまでプレイヤーと対等な立場で部活動をしています。

それでも、チームの実績に直結しないマネージャーはプレイヤーより下位のものとして自動的に、無意識的に、悪意なしに、認識されてしまいます。

毎朝誰だれよりも早く来て、練習の準備をして、ご飯を作って、洗濯をして、後片付けをして、器具のメンテナンスをして、全員が出たあとに戸締りをして、だれよりも遅い時間に帰って……確かにこれらはチームをサポートする仕事ではありますが、マネージャーもプレイヤーも対等に部活動に打ち込んでいて、そこに優劣はなく、ましてや「自己犠牲のボランティア」なんかではありません。

 

発言者の男性は悪気なく、本当に何の気なしにこの言葉を使ったんだと思います。

それにこの人が他に比べて別段配慮に欠けているとも思いません。

実際にこの発言を聞いても特に何も思わない人も大勢いると思います。

当然、マネージャーが部活動をしていくなかで、「こんなに早くからプレイヤーのために準備をしてあげている」、「忙しいけどプレイヤーのためにも仕事をしなきゃ」という気持ちが出てくるのは自然なことだと思うので、この自己犠牲という言葉を言われた時にみんながみんな不快に感じるわけではないと思います。

 

ただそれでも、マネージャーがプレイヤーと共にしてきた4年間の努力を自己犠牲に回収してしまうことを悔しい、悲しいと思う人は少なからずいると思います。

 

そのことを覚えておいてもらえると嬉しいです。

 

以上です。