nikki

適当なことを言う日記です

賢ぶるということ

賢ぶっていないと愛してもらえない気がした。飾ることのない自分を好きになってくれるひとがきっといるなどと、とても信じる気にはなれなかった。そんな夢みたいな話を嘯くひとは、みんな考えの足りない馬鹿に思えた。いまだってそう思っている。そんなものは、自分を矯飾することに疲れた身勝手な人間の、自分を慰めるための美辞麗句だ。呪縛から逃れることのできる種類のひとは、ほんの一握り、単純明快に、器量の良いひと。何より見目の良さに惹かれるのは動物としての本能なのだから仕方がない。だからこそ私たちは器量の良いふりをするのだし、それが無理なら頭の良いふりをするのだし、それが無理なら見返りを求めてひとを愛してみるのだ。私たち頭のつかえる動物にとって目下の課題は、「仕方がない」を乗り越えて本能に打ち克つこと。この課題は、私たちが頭をつかえるようになって以来、ずっと目下にある。ずうずうしく視界を狭めている。そんな瘤に頭を悩ませ、あれやこれやと頭をつかって試みた末に疲弊し果て、目の前にパッと眩いばかりの美男美女が現れたなら、頭を放棄して本能のままズブと嵌まりこんでしまうのはしかし、道理である。それだから私は、にんげんカッコつけて賢ぶってしかるべしと、自分を慰める誘惑に、せかいのひとを勇気付ける誘惑に、私の毛嫌いする綺麗事と同じくらい幻想じみた甘言を口にする誘惑に、抗いがたいのだ。