nikki

適当なことを言う日記です

コップの中で氷がとけきるまでの時間をはかったことがある。なんどやっても、私の家よりも彼の家でやる方がはやくとけた。りんごジュースを注いでも、麦茶を注いでも、飲むヨーグルトを注いでも、結果は同じだった。私たちはそこに霊的な意味を見出してはうっとりした。霊的でロマンチックな温度の不思議。いま考えれば、なんてことはない、あの人の家にある冷蔵庫の設定温度が少し高いせいで中の飲み物がぬるかったとか、そんなところだろう。ずいぶん古く、小さく、黄ばんだ、おもちゃじみた冷蔵庫だったから。東京といっても西の方の、八王子まではぎりぎりいかないくらいの、ほとんど埼玉みたいな雰囲気の街にその人は住んでいた。埼玉に住んだことはないけれど、その街はいわゆる東京のイメージとはかけ離れていた。うら寂しくて、夕方にはどこからか蚊取り線香の匂いが漂うような街だった。嘘じみた郷愁のはびこる街だった。お互いを慰めるように嘘じみたことを重ねた私たちの関係も、じき終わった。冷蔵庫の特性を魔法に仕立て上げなくては立ちゆかないような関係があっさり瓦解したのは、つづまり当然の成り行きではあった。別れた年は桜の開花が異様にはやかったが、私たちには関係のない話だった。桜は好きだ。新しい彼氏はできないまま、今年の冬はずいぶん寒く長い。今年もはやく桜が咲いてくれると良い。